2009-03-28

これも、久しぶり
お花を生けてみました
花は好きだけど、花粉が苦手なのでちゃちゃっとです
んーーー
こうして画像にしてみると
チューリップを生かすには、ほかのお花を一本抜いたほうがいいのかな?
白が目立ちすぎ?
でも、花束全部使いたかったしな
わたしのこと30 [小説]
私は、時々何をしているのかわからなくなる
これでいいのか
どうしたらいいのかもわからない
わかってるような気もしてても
なにもかもが上手くいかなすぎて訳がわからない
この時の私はただ幸せになりたかった
口に出して「私は幸せになる」と言ってさえいれば、それが実現するような気がして
実際、私は会う人ごとにそんな話をしていた
まるで、今は不幸なんですと世間に公表しているようだった
私にとっての幸せは何だったのだろう
彼が私のことだけ見つめてくれて
彼とともに寄り添って生きていくことが私にとっての幸せだったのだろうか
この先どうなるか、とにかくは不安な気持ちをおいはらいたかった
自分が最後に「ああ良かったんだこれで」と自分の人生をみつめてみて言えるかどうか
それは少し自信が無かった
この時の私は先の見えない状態だった
彼は、この後からは私と一緒になりたいなどということを一切言わなくなった
癌の妻を捨てることができないことは肯けるが
私との付き合いを続けたいとも思っていて
今までと変わらず、私たちは頻繁に会い続けていた
彼の口から出た「一緒になりたい」という言葉に嘘はなかったと思うが
結果的には、実現できないことになってしまい
「うそつき」と私は心の中で何度もつぶやいた
それでも、これも運命なのだと諦めるより他は無く
馬鹿みたいに従順に彼についていくしかなかった
もしも彼に意見などしようものなら、その日から彼は貝になり
なにも言わなくなってしまう
もう、どうなっても後悔だけはしないと自分に言い聞かせ
その日その日を流されるままに生きていくことしかできないでいた
私は、どこか逃げ道が欲しくなっていたように思う
その年の暮れに、私はあるパソコンサークルに入った
サークル管理人の男性は家の近くの居酒屋のマスターをしていた
5歳年下の私と同じ中学の後輩にあたる居酒屋のマスターを「けんちゃん」と私は呼んでいた
一見遊び人風で気難しそうな感じもしたが、心を開けばなんでも気さくに話す人だった
居酒屋の看板を挙げてはいても一般の家のような玄関で
入っても誰も居ないし、扉を開けても誰も出てこやしないし
入って良いのかどうかも分からないような店だった
おそらく扉を開けてみて誰も出てこないので諦める客も少なくなかっただろう
けんちゃんの方針か、一見さんお断りのような雰囲気で
女性一人で飲んでいても安心でき
隠れ家的であったかさもあるように思え私には居心地が良かった
その店はマスターの同級生達が集まる場所でもあった
サークルもその仲間たちで作っていたので
掲示板とリアルにお酒を呑む仲間のひとりとして私も加わるようになった
私は、5歳年下の弟がたくさんできたように思えた
初めてのオフ会参加は久しぶりに楽しいと思える出来事だった
それ以降は一人でもけんちゃんのとこへ飲みに出かけて行くこともあったが
サークルに入ったことも飲みに出かけることも、始めのうち彼には内緒にしていた
わたしのこと29 [小説]
少し多めのアールグレイを入れて、苦い紅茶をいただきながらパソコンに向かう
やっぱりお風呂に入ってお湯かき混ぜながらボーーっとしてる時が一番に浮かぶんだけどなぁ
お風呂で出たアイデアはいつの間にかどこかにいってしまい
わたしのところには二度と戻ってこない
ええとですね
最近は『揺るがなきこと』についてよく考える
恋愛については、双方ともに頑固として揺るがない気持ちが好ましい
自分の気持ちは揺るがないと信じているが
それが、一旦好きな男について思ってみれば
私が思えば思うほどに、相手はそっぽを向いてしまうように思う
まったく困ったものだ
では、どうだろうか
私もそっぽ向いてみるというのは。。
けれど
きっと、そんなことしたらもう二度とこっちを向いてくれないかもしれないと不安になり
そして更に追いかける体勢を整えてしまい
墓穴を掘るような結果を生み出してしまう
好きな人にはうんと居心地がよくあって欲しいので
私のせいでか、私の好きになる人はいつも元々の性格もあってか余計に我侭になる
この時の彼には、私が傍にいることがとても当たり前だった
歩く時は並んで歩いたりしないで、どんどんと先に行ってしまう
時々思い出しては後ろを振り返り「もっと早く歩きなさい」と私を叱る
私は歩くのが遅い
どんなに頑張っても同じようには歩けなくて
だから、仕方なく彼は時々立ち止まって私を待つ
私がそこまでたどり着くと、またさっきまでと同じ歩調で彼は歩き始めて
そしていつも私たちの距離はひらいたまま縮まることがない
彼が私の歩調に合わせて歩いてくれることはないので
一生懸命追いつくように頑張るが、どうしても一緒に並んでは歩けなかった
私は、手を繋いで一緒に並んで歩きたかった
彼の背中はいつも遠くにあった
二人で外食する時、彼は物凄く偏食で食べられるものも限られており
そして、いつの間にか私の食べる分も勝手に注文するようになっていた
いつでも、彼の食べたいものを、彼が二つ選んでそれを二人で分けて食べた
自分の食べるものくらい自分で選びたいと思ったが、「ま、いいか」と
何でも食べられる私は与えられたものをいただく事にしたし
そんなことは、私にとってはどっちでも良いことだった
どこかで、自分の意見を通すべきだろうが
愛してしまった男に気に入ってもらう為でもないけれど
自分の意見ができなくなり、またしなくなり
できれば、いつか私のことをちゃんと分かって欲しいと願うだけだった
それでは、良い方向に進展しなくても仕方が無く
私はいつも悲しい思いをしながらも、顔は笑っていて
どうにもならないような
なんだか途方に暮れるような日々を過ごしていた
わたしのこと28 [小説]
どっちを向いても不幸ばかりで八方ふさがりだった
だから、私は敢えて明るく過ごすようにいた
姑は、幸いにも何の痛みも感じず「どうして癌と宣告されちゃったのか」と悩んでいた
「痛くもなんとも無いのに、なんで癌なんだろう」って
どこから見ても健康そうで、癌の宣告をされてからも暫くは百歳までも生きそうに見えた
けれど、ある日大腸の検査をし、大きなポリープが発見された
その大腸の検査が原因で本当に大変なことになった
検査の前に大きな箱のお食事セットに下剤を添えて手渡された
しかし、その下剤が効いたために姑はひどく苦しんで救急外来にかからなければならなくなった
トイレはもちろんのこと家中のあらゆる場所に便が飛び散って、苦しみもがいた痕が残されていた
「もっと早く声をかけてくれたらよかったのに」と話かけてもみたが酷く苦しんでいて
初めて見る苦しそうな姑が、いろんな場所に飛び散った便の痕を気にさせないようにするのが一生懸命だった
もうそうなったら、とにかく病院に行くしかなかった
病院に着くと、まずは点滴を受けて少しだけだが症状は改善されたようにみえた
苦しんでいる姑を見て、若い医師が「今日は検査を止めますか」と聞いた
「そうですね、そうしましょう」と夫が言った
本当に、すごく簡単に言った
原因はその下剤であることは明らかで
なのに検査は再度行われるというのだ
私は無理を承知で姑に声をかけた
「ねぇ、もう一回お薬飲むのはいやだよね」
「検査だけど、今日ちょっとだけ我慢してできないかなぁ」
「もしも辛かったら、検査の途中でやめてもいいんだから」
「少しだけ頑張ってみる?」と
下剤を飲んで一晩苦しんだ姑は我慢して検査を受けると言ってくれた
姑には酷な話だけれど、病気になると検査は付き物なのだから
どんな状態になってても検査をしないと、次の手順には移れないのだ
結局、馬鹿みたいな話だけれど
一度は中止になった検査を無理してやってもらうことにした
私が、わざわざ夫と医師に説明をしてだ
よくよく考えると、そのために姑に「お願い」をされたんだと思った
私が出来るのはそのくらいのことだったし
予想通り姑の大腸にはポリープがあったと若い医者から報告された
「検査してよかったですね」だって
だから出るものも出なくて苦しんだんだし
融通が利かないにも程があるが
それでも若い医者には「ありがとうございました」とお礼を言い
こんなことが続くのだな、とうとう始まったのだと思い知らされて
その日は終わった
そんなことがあっても、私は彼と付き合うのをやめる気にはなれなかった
姑の病気と向き合いながらも、まだ自分の幸せをつかむことを捨てることはできなかった
幸せになるんだとういう私の夢は遠くみえた
でも、もしも夢を捨ててしまえば私には、もう何も残らない
わたしのこと27 [小説]
いろいろと総合して考えると、私は女としては幸せなのかもしれない
普通ではありえない経験を沢山させていただいて『神様ッ』ありがとう!
思い返せば、いろんなことがありすぎて
身動きできない状態であったのにも関わらず
私は家を出たいと思いながらできなくて
仕方なくとういうか、やっとのことで家庭内別居を始めたが
私はやはりこの家の嫁であり妻であったので
親戚付き合いなどもこれまで通りに続けなければならず
知人に「ご主人お元気?」などと聞かれることにも、うんざりしながら笑顔で答える
たぶん、そんなときは引きつった作り笑いをしてたんじゃないかと思う
思ったことしか言えない性格もあって
家庭が上手くいってるように振舞うことにも、うんと嫌気がさしていた
そんな日々を送ってたのに
まだ私の周りの不幸は続いたのである
彼の家族が病気であると聞いた日から、そんなに遠くは無いある日
我が家の姑が健康診断で肺に影があると診断された
医師から家族に話があると聞かされて
私は自主的に夫について医師もとへ出向いた
こういう時は、私の判断が一番しっかりしていたと思う
夫は不思議そうな顔をして「ついて来てくれるのか?」「悪いね」と言っていた
そして二人並んで医師の話を聞いた
レントゲン写真が二枚ぶらさがっていた
並んだ姑のその写真には、素人の私から見てもわかるほど
肺の中に無数の影が浮かんで見えた
「間違いなく癌ですね」
「この場所にあるということは、もっと身体全体に広がっているでしょう」
家に帰ると、待っていた姑が
「癌だなんて、本人にそんなにはっきり言わなくてもいいのに」ショックそうに言う
「悪いけど、そういうわけだから家にいてもらえないかねぇ」
「お願いします」「お願いします」と何度も言われた
姑に初めて頭を下げられてお願いをされて
「はい、わかりました」と言うより他はなかった
何かが起こりそうな予感がしていた
そうか、これだったんだ
わたしのこと26 [小説]
私は大抵のことじゃ泣かない人だと思うし
少しくらいの、悲しい出来事なんかなんともないわって生きてきたつもりだけど
なにが悲しいって、自分の周りで起こった現実を知らされずにいることで
表面上の会話しかできずにいたことだった
分からないながらも、どこか気遣いながら会い続けるのであれば
それは、もう終わっているも同然な気がした
何か分からないが彼には隠し事があるのは確かだった
それはきっと重要なことで、それを知らされずにいることが、どんなにか辛かった
だから私は、最後の切り札をだすことにしたのだった
「どうしても私に言えないことかもしれないけれど、それを聞かせてくれないのなら」
「もう、別れてください」
その日は、そう伝えると
それ以上何も話さずに帰ってきた
そこには重苦しい沈黙があったが
彼も、私がどんな気持ちで家を捨てようとしたかわかるはずだった
もしも、ちゃんとした話をしてくれなかったら本気で別れようと思ったのだ
それは、彼の家庭の事情だった
もう別れる決意をかためようとした頃に、彼はやっと重い口をひらいた
まず、同居している彼のお母さんが病気になって入院したという
「だからって、なんで?」
「理由はそれだけじゃないでしょ」と
もう一度詰め寄ってみると
時を同じくして、彼の奥さんが子宮がんになったということだった
彼は、一気に二人の病人をかかえたのだった
奥さんは手術をするようだったが、どのくらい進行しているのかもわからないそうで
(もしかしたら、分かっていたのかもしれないが、それ以上は聞かないことにしたのだ)
とにかく、そんな先のわからないことに私をつき合わせるのは悪いと思ったようだった
やっと聞けた話だったが、聞いてもなんだか、しっくりこない
病気の奥さんを捨てられない気持ちになったのは分かる
でも、なんでその場で話してくれなかったのか
私を、それほど信じて居なかったんだろうと思った
その先は、どうしたらいいのかわからないし
どうにもできなかった
誰の立場になっても、こういうことって難しい
私は、それでもまだ家を出たいと思っていた
わたしのこと25 [小説]
私は、いつも最悪の事態を想定しながら
物事の第一歩を進めるようにしている
そうしておけば、もしもの万が一にどんな苦境に立たされたにしても自分はしゃんとしていられると思うからである
でも、この時ばかりは、なんともならなかった
どんな立場になっているのか、なんで不幸なのか、自分が何故泣いているのか
よく分からないまま、へとへとになるまで泣いていた
今までとは何か違っていた
けれど、私とは一緒に居たいようだった
きっと何か原因があるに違いなかったが見当もつかず
なにが起きたのか、彼の態度は信じられないように変わり
それまでは何でも話してくれていたのに急に何も言わなくなり
どうしたらそんなに変われるのだろうと疑問を抱き
ただ私に「まだ家を出るな」と言うだけで
「それはどうして?」と私に問いただされて、なんだか都合が悪くなると押し黙っていた
それでも始めのうちは、いつか話してくれると信じて待っていた
私は、それからの毎日、明けても暮れても
とにかく泣いて暮らしてた
理由がわからない悲しみに何が悲しいのか自分でもよくわからなかったけど
もう泣くことしかできなかった
私は、自分で言うのもおかしいが屈強な女なのだと思っていて
どんな困難にも耐える自信があったのに、成すすべも無くただ泣くことしかできない弱い人になっていた
わたしのこと24 [小説]
あれは初秋の頃だった
私は、夫に離婚の宣言をした
ついでにというのもなんだが、同居していた姑にもこれまでの経緯を説明し
離婚したいのだと告げることにした
何年も夫婦ではなくなっていたし、夫の毎月のお給料がいくらあるのかも知らないのだと
ずいぶんと長い間、自分が妻とは名ばかりの状態であったことを話すと
その時ばかりは、女である私の味方についてくれた
結婚当初より、私に対しては好き勝手にふるまっていた姑だった
嫁は我慢して当たり前なところもあったので
まさか私の肩をもってくれるとは思いもせず
「こんな我侭な姑の面倒までみてくれてたのに悪かったねぇ」
「ちゃんと生活に困らないようにしてもらいなさい」と声をかけてくれたりもした
私は家では自分の我を通すことをほとんどしてこなかったが
一度言い出したら頑として人の意見を受け入れない性格だと知っていたようで
夫も姑も、世間体を重んじる人たちだが、もうそれ以上はなにも言わなかった
その世間体のためもあるのだろうが
私に男がいるのかとは聞かれずに済んだ
おかしなことに、夫婦はどこからみても円満にしか見えないようだった
仮面夫婦という言葉があるが
私たちは、それを上手に演じていたのだ
伝えなければいけない家族には、ことのすべてを話し
この先は、違う人生を歩くんだからと
これまで付き合ってきた友人たちとも縁を切り
私は再出発をする準備をしていった
ほとんど家を出られるような段階になって
「まだ家をでるな」と彼が急に言い出した
何を言われてるのかわからなかった
だって、彼が一緒になろうって言ったからそうしたのに
なんで今頃になって「ちょっと待て」になってしまうのか
聞いても理由は教えてもらえず
それからも会い続けてはいたが、今までと違う余所余所しい態度へと変わっていった
なにがどうなってるのかわからず
私は、もうただ泣くことばかりしていた









